今日は、萩の見島で獲れたウニをどんぶりにしてみました。ご試食あれ。…
萩市は、若者の雇用の機会を増やすため、インターネット環境さえあれば本社業務に就けるIT関連企業のサテライトオフィス誘致推進に取り組んでいる。令和元年10月、萩市はクラウド型での顧客管理を特徴とする株式会社セールスフォース・ドットコム、ITを用いてコミュニケーションを円滑に行うことを目指す株式会社Ph…
21世紀のみのりといえば自然エネルギー。萩の松陰神社から山間部に入る黒川というなだらかな丘陵に、2017年「山口 · 萩メガソーラー発電所」という太陽光発電所ができた。一般家庭約7,730世帯分に相当する発電が可能だそうだ。京セラ製太陽電池モジュールが80,000枚近く並ぶ。 近く…
今年も平山台はみのりの秋。クリ・ブドウ・ナシ・リンゴ。しかし、「今年は少しおかしい。」と農家の方はいう。9月の台風、夏の猛暑、・・・ 少しずつくるっている地球。農家もお決まりのカンでは農業ができないそうである。秋のみのりに感謝。 …
渡辺家は鎌倉時代より続く毛利家の家臣だったようだが、戦国時代毛利元就(もうりもとなり)の殺害を企て一族は殆ど殺害される。しかし、渡辺通(とおる)は許されて元就の家臣となった。天文十一年(1542年)、毛利元就らを従えた大内義隆(おおうちよしたか)が、出雲(いずも、島根県東部)の尼子氏(あまごし)の居…
幕末、禁門の変(きんもんのへん)に敗れ、第一次長州征伐で切腹させられるのが国司(くにし)・福原(ふくばら)・益田(ますだ)の三家老ということは知られているが、藩を幕府の命に従わそうとする俗論派(ぞくろんは)は、もう一人の家老も切腹に追いやる。その家老の名は「清水親知(しみずちかとも)」、通称「清太郎…
福原家は、毛利家の一族であった。戦国時代の居城(鈴尾城)は毛利元就(もうりもとなり)の居城吉田城と同じ盆地にあった。元就の母は福原家の出である。福原貞俊(ふくばらさだとし)は、吉川元春(きっかわもとはる)・小早川隆景(こばやかわたかかげ)・口羽通良(くちばみちよし)[四人衆]とともに元就亡きあと若い…
口羽家は、毛利家の親戚筋(庶流)の志道(しじ)家の一族である。戦国時代、毛利元就(もうりもとなり)の本拠地安芸国(広島県)[安芸高田市吉田]の北の石見国(島根県)の山間部の口羽村を領地としたので「口羽」の名がある。 元就のもとで、口羽通良(みちよし)が重用され、元就の子ども吉川元春…
外堀あたりにも史跡が点在する。北の菊が浜から外堀に入ると、まず総工費1億円で復元した「北の総門(きたのそうもん)」。江戸時代には南に「中の総門」・「平安古(ひやこ)の総門」があり、萩城や上級武士の立ち並ぶ「堀内」の入り口であった。 南に下がると「素水園(そすいえん)」と「田中大…
萩城の外堀は、「長屋門(ながやもん)」と呼ばれる上級武士の住んでいた堀内(ほりうち)と、職人や商人の住む城下町を区切るお堀である。江戸時代にできた時は40mの幅があり、堀と長屋門との間には土盛りと馬場(ばば)があり兵士の訓練と敵軍の侵入に備えた。 現在は、車道と散歩道が…