涼しい風が吹いている川面に舟遊びを楽しんでいる人がいる。絵には、「丁亥秋七月寫」とあるので、文政十年(1827年)旧暦の七月(初秋)に描いた作品である。漢詩の世界をイメージした絵を多く残した海僊にとって、初秋の舟遊びといえば蘇軾の「赤壁賦」であろう。このうたは、前・後の二編からなっているが、旧暦の七月にうたったのは「前赤壁賦」で、夜に同郷の友人とともに、長江に舟を浮かべてうたったうたである。絵はこの場面を描いたものだろう。
ところで、海僊は、この絵を描いた文政十年当時43歳。30代半ばから見る人の情感に訴える南画を描くようになっており、世俗のわずらわしさにとらわれない気品のある雰囲気をただよわせている。そういえば、宋の高官であった蘇軾はこのうたをよんだとき左遷の憂き目にあっていた。その任地で、人生への深い思索と山川の美しい風景の中にいる喜びをうたっている。海僊は、見る者をそんな蘇軾の舟遊びに誘うかのような筆運びで描いている。