萩は三角州の町。州の西側を流れる橋本川が私の毎朝の散歩コース。そこで冬にお馴染みの鴨たちと気の早い寒桜を楽しみました。 …
松陰神社のお散歩は一休み。萩の海は、東は笠山やフォルンフェルスの須佐に広がる。西はこの倉江の浜から長門・青海島(おおみじま)につづく。 倉江の名の由来は知らないが、毛利の殿様の一族が館を構えていたからか、海の恵みが豊かだから「倉」なのかもしれない。岩肌の変化が楽しい海岸線に、海鳥が遊び、漁を終えた…
萩駅の西青海というところの小高い山に抱かれた大照院(だいしょういん)がある。東の東光寺と並んで藩主の菩提寺である。最近重要文化財として改修を終えたばかり。江戸時代萩八景の一つに数えられ、「小松江晩鐘」として「柿食えば鐘が鳴るなり・・・」の世界。秋の黄昏がきれいだった。今も寺の紅葉は美しい。 …
萩から山口に向かう萩往還、江戸時代は参勤交代で江戸に向かうお殿様のお昼の休憩所、帰りは宿泊所となったところ。現在は「佐々並市」として国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。市を外れると山間の風景が展開する。ウラジロカシの巨木が目をひいた。 …
萩の北、益田に近いところに太古の昔にできた火山「高山(こうやま)」が座る。噴火の時にできた泥と砂でできたサンドウィッチが「ホルンフェルス」で、波静かな須佐湾がそれを抱いている。神話の「須佐之男命(スサノウノミコト)」とは直接関係ないらしいが、須佐には、呼子のイカに負けない「男命(ミコト)イカ」が獲れ…
昔はこの辺り「下津江落雁」と言われ「萩八景」の一つに数えられていました。今は隊列を組んで飛ぶ雁の姿はなく、すじ雲が夕空に高く舞っていました。 …
松陰大橋がまたいでいるのが松本川。三角州にできた萩の町の東側流れている。津江(つえ)というような名前が示す通り昔は生業を背負った小舟が行き来したのだろう。今はその影はないが、萩の町を避けた山陰線が上流を走っており、早朝の列車が何人かの生活を支えている。静かな萩の町。 …
…
萩の新名所中央公園のお散歩に行きました。 …