歌に「逢ふて嬉しや 明神様の 池の面に アノ躍る魚」とある明神池は、魚の躍る池だが、住んでいる魚は、タイやスズキと言った海にすむ魚である。明神池は、笠山と本土をつなぐ砂州に端が埋め残されたところが池になったもので、海とつながっている。そこで、江戸時代には、毛利のお殿様がこの池の端に御茶屋を設け魚料理…
「伸びる港の 姿を見つつ たのしドライブ 笠山登山 逢ふて嬉しや 明神様(みょうじんさま)の 池の面に アノ躍る魚」、これはかつて唄われた萩小唄の一節。越ヶ浜の漁港を通り笠山へドライブ、その途中、風光明媚な明神池を歌っている。笠山から越ヶ浜一帯は、昔から観光スポットだった。 萩一番のパノラマビュー…
サザエを買ってきました。朝早いほうがいいと思って行きましたが、早すぎて昨日の残りで少々小ぶりでした。残念。 サザエは、つぼ焼き・お刺身・サザエご飯がおすすめです。 萩にいらしたらぜひどうぞ。お酒は、萩の酒「東洋美人」です。 …
萩は、阿武川が分かれた橋本川と松本川とで囲まれた三角州の町だ。この三角州はどのようにしてできたのだろう。 もちろん、萩の町は、四百年前に毛利輝元が萩に移ってから町のデコレーションをつくり、今では「古地図で歩ける町」として有名だ。しかし、ケーキのファンデーションは、もっと昔から少…
橋本川にかかる玉江橋を渡り萩の町に入ったあたりを「平安古」と書いて「ひやこ」という。そのむかし「ひやこ」という湖沼があったことからその名があるそうだ。玉江橋のたもとから南に遊歩道が整備されている。この遊歩道は、一味違った萩ならではのお散歩が楽しめる。ボートを楽しむ人もいれば、観光遊覧船の姿も見える。…
指月山の夕日は、茜色に染まった雲とともに長州藩の刻んだ激動の時代を感じさせます。 …
笠山と言えば、毎年二月中ごろから行われるイベント「椿まつり」で知られる。なぜ祭りが行われるほど椿が群生したかと言うと、江戸時代萩を治めた毛利氏が、萩城からみて北東の方向にある笠山は、鬼の出入りする不吉な方向(鬼門)にあるとして人々の立ち入りを禁止したため椿の群生ができたそうだ。 しかし…
萩は町じゅうで桜が満開、中でも私がいつも散歩している橋本川沿いの桜並木はイチオシ。地区は江向・河添、いずれも橋本川に面していることからくる地名だ。そこには、萩藩第七代藩主毛利重就(しげたか)が作った「南園」(現在萩自動車学校)や、フランスのアール・ヌーボーの芸術家と交流があったことで知られる画家「高…
萩は町の中に百か寺を抱えるほど寺が多い。しかし、一番古い寺となると、平安時代の初めに創られた天台宗の古刹「南明(なんみょう)寺」である。場所は、山口から萩に入るとすぐ右手の山の中腹にある。しかし、今ではこのお寺にある「糸桜」が有名で、萩市近辺の方々この桜を見に訪れる。江戸時代の人が、お花見をするのに…
今では、各地で有名になった「河津桜」。桜の代名詞「ソメイヨシノ」より色が濃く、花も長く咲く。見る人に春の訪れを温かく予感させてくれる桜。こんな桜もありがたい。 …